散水機ドットコム 誕生秘話|散水機.com

散水機ドットコム 誕生秘話

上記写真)90年代、散水機取り扱い開始時の広告。

1.誕生のきっかけ

グローベン竹垣 人工竹垣

元々、私ども散水機ドットコムを運営しているグローベンは、40年前に日本初の樹脂製人工竹垣を製品化した所からスタートしております。そして、その人工竹垣の海外進出を目論み、現会長の服部崇が30年以上前に渡米した際、カリフォルニアの友人宅で目にした光景(早朝、芝生に水が自動で撒かれる)に衝撃を受け、グローベンでの自動散水への取組がスタートしました。

 

当時のアメリカではすでに芝生を多用したランドスケープが一般化しており、自宅の庭や、通りに面した緑地を芝生にし、住民が競って芝生の手入れを行うなど文化として定着しつつありました。そして常時、芝生が整っていることが一種のステータスとなりました。日本のことわざでもある「隣の芝生は青い」の語源でもある「The grass is always greener on the other side of the fence」はこのことから普及した言葉だと推測されます。

 

芝生を多用したランドスケープが発達する前から、スプリンクラーは農業用、そしてゴルフ場にて進化を遂げています。ランドスケープに自動散水が入り始めたのはおそらく1970年代から。服部が友人宅で目にした光景というのは、アメリカでかなり自動散水が普及した後のもので、日本もいずれ庭の水撒きがこうなると考え(水事情の変化と人手の省力化)、同時にこれは人工竹垣よりも、お庭をもっと快適にできるのでは?とビジョンが浮かんだとのことです。

2.商品開発 ~3つの苦難

日本への自動散水の販売を決定した当時の社内は苦難の連続でした。

最初の苦難は商品選定でした。現地には様々なメーカー、グレードの商品があり、中にはDIY向けの簡易的な商品があり、まずそれらを輸入し、施工研修、仕組みを把握していきました。数年かけて日本国内で散水システムの構築を検証し、数か国から優れた部品を集め日本のプロユースに特化したグローベン自動散水システムを完成させました。

次に訪れた苦難は、日本の水道規格、電気規格との互換性でした。

アメリカの配管材のネジ山と日本の規格が異なる点、そしてコントローラーは日本の安全規格に適正しているか否か、連日、関係各所との協議を行いました。最終的に、汎用の配管材は日本の配管材をそのまま使い、コントローラーに関してはPSEマークを取得し、日本の規格に適合した製品構成としました。

最後に訪れた苦難は日本市場への売り込みでした。

結果的には物凄く良いものと分かっていても、前例の無いものをお客様におススメするというのには莫大なエネルギーが必要になります。まさに一つの文化を作るに等しい行為だったと言えます。当時の営業スタッフはまず、人工竹垣でお世話になっている造園業者様にお声がけさせていただきました。すると返ってきたのは「いらないよ」の一言でした。温暖湿潤の日本、定期的な降雨と湿った土壌に、わざわざお金を掛けて水を撒く、とは考えられなかったようです。しかし、施工指導やデモ散水などを行い、根気よく造園業者様に売り込んでいった結果、また一つまた一つと導入実績が増え、数か月後に「水やりの手間が省けて便利」「庭や植物が見違えるようになった」とご連絡を頂くようになりました。

3.市場動向、自動散水のミライ

造園業者様でのシステム導入が増え、作庭の初期段階から自動散水を計画しようという動きが見えてきたのは自動散水を販売し始めて10年程経った頃。天候異変で乾燥した日が続いたり、ビルの中の雨がかからない場所に植栽したり、屋上庭園など常時水やり必須の場所も多くなり、物件の計画検討を行う設計事務所様からのお問い合わせが急増しました。そして社会全体の情勢が都市緑化へ傾き、大型物件への緑化導入が必須化。その緑化への自動散水が必要になりだしたのです。当然、大規模な建設現場で水道工事となると業種は造園業者から設備業者様へと広がり、最終的に設備業者様から注文が来るようになりました。